クロガネ・ジェネシス

後書き02
エピソード3 プロローグ
第1話 ドラゴンの埋葬
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エピソード3

プロローグ
侵入者現る



 それはとても静かな夜のことだった。
 雲の切れ間から覗く月明かりが、鏡のように海面に反射していてとても神秘的だ。
 海上国家エルノクの夜は波の音だけが支配し、それ以外はほぼ無音だ。他に聞こえるものがあるとしたら、飛行龍《スカイ・ドラゴン》か海龍《シー・ドラゴン》のどちらかが遠吠えを上げているのだ。
 エルノク首都、アルテノス。石造りの町の中に、有数の巨大建造物がある。それは一庶民とは一線を画す貴族の証としての屋敷だ。
 その1つの大きな玄関の前に1人の女が立っている。
 服は全身黄土色。恐らくはワンピースだろう。しかしそのワンピースは動きやすさを重視してか、かなりミニだ。しかし女性が着る衣服としてはどこか無骨で、男物の作業着のようにも見える。太ももから下、及び、肩から先は全て露出している。両腕、両足ともに適度な脂肪がついていて、太すぎず細すぎず。髪の毛は黒のロングで腰まで届くだろうか。瞳は猫を思わせるような活発さをたたえ、整った顔立ちはどこか落ち着きを払っている。
 眼前には木製の扉。女は全身を捻り、バネにして右の拳をその扉に叩き付けた。
 途端、乾いた音が夜のアルテノスに反響した。木製のドアはひしゃげ、その形を大きく変える。拳が直撃した部分には穴が開いている。魔術の補助もなく、力だけで扉を破壊するその様は、とても女……否、人間の力には見えない。
 女は皮のブーツでその穴から足を入れ、さらに木製の玄関を破壊し、建物の中に侵入する。
 侵入した建物の内部はロビーになっている。しかし、魔光の明りが一切無く、唯一の光は月明かりのみだ。
 女の侵入と同時に、何者かが女の横っ腹を細長い鉄の棒で殴りつけ、大きく吹っ飛ばした。
「ぐうっ……!」
 うめき声を上げる女。同時にロビー全体が魔光の明りに照らされ、女を殴り飛ばした者の正体もあらわになった。
 2メートル近くあろうかと言うほどの大きな体。細身の長身であり、小さな丸眼鏡をかけている。その小さな丸眼鏡から覗く瞳はどこか邪悪で、凶悪な面構えをしている。特筆すべき特徴はその頭である。ちぢれた髪の毛がドーム状になっている。いわゆる天然パーマであり、同時にアフロヘアーだ。
 細く邪悪な瞳とアフロヘアーの相乗効果によって、意図せずして見るものを恐怖に陥れる風貌を醸し出している。
 その男の右手には金属製の魔術師の杖、錫丈《しゃくじょう》が握られている。女を殴り飛ばした金属の棒とはこれのことだ。無論、本来はこのような使い方はしない。
「てめぇ、何もんだ?」
 その男は静かに語りかける。女はゆっくりと立ち上がった。
「出会い頭に女の腹を殴るなんて……最低な男ね……」
「不法侵入者に言われたくはねぇな……」
「ごもっとも……」
 女は余裕を崩さない。内臓の一部が潰れていてもおかしくないほどのダメージを負ってなお笑っていられる余裕。男は瞬時に理解した。
 ――コイツやべぇ……!
「単刀直入に言うわ。アルトネール・グリネイドを私によこしなさい。そうすれば余計な被害は出さないわ」
「アルトネール……なんでだ?」
「答える気はないわ。とりあえず、退きなさい」
「あぁん!? 退くわきゃねぇだろ! てめぇ俺を舐めんなよ!」
 男は吼える。女もまた顔をしかめ、眼前の男と対峙することにした。
「ああ、もう……面倒くさいなぁ……!」
 前傾姿勢で女が男に突進する。男は自らの右手に持った錫丈で女を殴り飛ばそうと構えた。錫丈が女に振るわれる。女はその攻撃を交わすことなく右手で受け止め、同時に跳躍し、男から錫丈を奪い取った。
「チッ……!」
 女は錫丈を放り投げ、悠々と着地した。男はそこを逃さず自らの手刀を女に向かって放つ。女は身軽な体でそれを即座に回避し、男の背後へ回った。手刀はそのまま直進し、木製の扉に突き刺さる。
「残念ねぇ。はずれよ……」
「ムオオオオオオオオオ!!」
 女の余裕をあざ笑うかのように、男が咆哮を上げる。突き刺さった手刀は木製の扉を握る。次の瞬間、男の右手は蝶番《ちょうつがい》で止められた扉を破壊し、それをもぎ取る。
「なっ……!?」
「オオオオオオオオオオ!!」
 男は右手に持った扉を武器に、背後の女に向かって薙ぎ払う。型も何もあったものではないムチャクチャな戦い方だった。女は驚愕のあまりそれを回避しきることが出来ず、腹部にそれは直撃した。
 吹き飛ばされた女は惰性で壁に叩きつけられ、ぐったりとその身を横たえた。
「ギン!」
 男の名を呼ぶ女の声。ギンと呼ばれた男はその声の主に目を向けた。
 全身褐色で栗色の髪の毛の女性が2階のテラスから階下を覗いている。
「アマロか……」
「その女が例の……」
「らしいな……。アルトネールの予言の通りだ……」
「……」
 アマロと呼ばれた女性はギンによって殴り飛ばされた女を見る。
 女の体は不自然に曲がっていた。恐らくは背骨が折れたのだろう。ぴくりとも動かない。
「フッ……フフフ……」
『!?』
 ギンとアマロが自分達とは違う含み笑いを耳にし、恐怖する。体が不自然に折れ曲がり、とても立ち上がれるとは思えない状態の女がその体をゆっくりと立ち上がらせたのだ。
 折れている背骨を中心に上半身がダランと垂れ下がっている。
「あ〜あぁ……痛いなぁもう……」
 鈍い音がロビーに響き渡る。骨が折れるような音だ。それが断続的に響き渡り女の体がビクビクと震える。
 やがて女は自らの上半身を立ち上がらせ、先ほどまでと変わらぬ余裕と佇まいでギンを見た。
「あなた最高だわ……。どう? 私の子供……もうけてみない?」
「こ、これは……!」
 表情を引きつらせるアマロ。
「アマロ! 奴の狙いはアルトネールだ! 今すぐ奴を連れて逃げろ!」
「……! 分かったわ!」
 アマロは踵を返し、その場から離れる。ギンは得体の知れない女を睨みつける。
「人形か何かか……?」
「人形ぉ!? このあたしが木彫りか何かだっての!? 冗談も大概にしてほしいわね!」
 女は不快感をあらわにした。
「決めたわ。あんたはあたしが連れ帰って教育してあげる♪」
「あぁ?」
「フ、フフフフフフフフフ……」
 女は不気味な含み笑いを漏らしながら再びギンに襲い掛かった。

「ギン……あの子……」
 自室のベッドに腰掛け、瞳を閉じた女性が脂汗を大量に浮かべている。
「もう……やめて……!」
 その女性はまるで目の前で凄惨な様を見ているかのような悲痛な声を上げている。否、彼女には実際に見えているのだ。ギンと侵入者の戦いが。
「アルト姉さん! 逃げるわよ!」
 そこに褐色の肌を持つ女が現れた。アルトと呼ばれた女性が眼を開ける。ギンが呼んでいたアルトネールとは彼女のことだ。
「ギンを見捨てるのですか?」
「姉さん、ギンは貴方を逃がすために戦っている! 私達がここに留まって、侵入者の思うがままに動かされては、ギンが戦っている意味がなくなってしまいます!」
「……! そうですね……!」
「あら、逃げようたってそうはいかないわよ……」
『……!!』
 アマロとアルトネールが絶句する。先ほどまでギンと戦っていたはずの女が、アルトネールの自室に現れたのだ。
「ウッフフフ……。この子中々強いのねぇ。この子の子供なら中々強い子供が作れそうだわぁ……」
 女はどこか夢見心地で語る。彼女の右手には血まみれになったギンがぶら下がっていた。
「ギ、ギン!!」
 アマロが悲痛な叫びを上げる。
「気が向いたから、この子ももらってくわね。さあ、行きましょうか、アルトネールお嬢様……」
 女はアルトネールを見つめる。穏やかな表情でありながら、有無を言わせまいとする強烈な意思が感じられた。
「私《わたくし》が貴方と共に行けば、アマロリットには手を出さないと約束していただけますか?」
「ええ、誓って……私とて面倒くさいことは嫌いですしね」
「アルト姉さん……」
 アマロリットはアルトネールを止めたかった。しかし、自分が逆らったところでこの女には敵わない。恐らく逆らえば殺される。亜人であるギンが勝てなかったのだから。
「アマロ……」
 アルトネールは眼前の侵入者の前まで移動しながら静かに言う。
「アーネスカを……頼りなさい」
「え?」
 アーネスカ。それはアマロリットとアルトネールの妹の名前だ。
「あの娘、いえ、あの娘達が……ここに来る」
「アルト姉さん?」
「もういいかしら?」
 女はそれ以上の会話を許すまいと口を挟む。
「ええ……行きましょうか」
「素直でよろしい……」
 女はギンを引き釣り、アルトネールと共にその場から立ち去った。
「ちくしょう……!」
 何も出来ずに立ち尽くすことしか出来なかったアマロリットは己の無力さを噛み締める以外になかった。
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